ヴィクターメモ



T

――ここに私は、今までの研究成果、
及びその実験過程を記しておくことにする。

後世の同じ道を志さんとする同士の為に。
神への長い道を歩まんとする、
現代のプロメテウス達の為に。

錬金術をはじめとする、
黴の生えた古の知識になどは、
すでに用はない。

あのような迷信を信じるものこそが、
科学の発達をさまたげているのだ。

時代は正に科学の時代。
私は科学という光をもって、
人々の迷妄という名の暗闇を照らさんと志す者である。

私がそもそも、
生命の不思議を解き明かそうと考えたのは、
いつの頃だったろう?
まだ学生の頃、それとももっと前?

そう、あれは、少年の頃、
初めて神鳴る力――雷を目撃した所から
はじまったのかも知れない。

知っての通り、電気の力は生命反応を失った
動物の肉体にもある種の影響を及ぼすことが
広く知られている。

最初の段階では、電気、
この荒ぶる神の力と生命の関りを
解き明かすための研究だった。

我が師は、
人は生命の謎に迫ることは禁忌だという。

だが、人として、智慧あるものとして。
神の創りたもうた生命の謎に肉薄することは、
何という知的興奮を呼び起こすことだったろうか。

研究の過程で、私はある種の力が、
肉体を活性化させるという事実を発見した。
それは――



U

死体。
必要なのは新鮮な死体だ。
私は実験の成果に狂喜した。

間違いなく、私は神の秘密を、
少なくともその力の一端を手に入れたのだ。

新たな命の創造。
死からの復活。

人類は私の発見によって、
永遠の命を得ることが出来る。
ああ、それは何と偉大な発見であるか。

永遠の時間があれば、
どれほどの偉大な発明が、
科学の進歩が達成できるだろう?

この実験の正否こそが、
失われたエデンへの回帰を可能にする
唯一の手段なのだ。

神は智慧の実を食した我らの祖先を
楽園より追放した。

ならば、楽園へと帰る道も、
また智慧の実によりなされる道理である。

恐れてはいけない。
これは禁忌なのかもしれないが、
古来畏れより偉大な発見がなされたことはないのだ。

そう言えば故郷から手紙が届いていた。
エリザベートからの手紙だ。

私がこの所実験に埋没していて、
故郷への手紙をおざなりにしていたので、
心配をかけてしまったのだろう。

しかし、実際の話今は、
そのような些事に関わっている場合ではない。
実験を進めなくては。
そのためには――



V

実験は成功だ。
私が公共墓地より集めてきた死体は、
今や一人の人間として生命を持つに至った。

現状、タンクの中で眠りについてはいるが、
明確な生命反応が見受けられる。
私は神に並んだのだ。

――だが。
おお、私が復活させた新たな命の
何と醜悪なことよ。

複数の死体より創られたその身体には、
縫合の後がくっきりと残り、やむを得ない事とはいえ、
腐乱しかけた頭部からは白濁した眼球が覗いている。
後ほど、整形手術を行えば少しはマシになるだろうが。

まぁいい。
今回のこれはテストケースだ。

次回、その次。その次の次。
やがては永遠の命を人類にもたらそう。
その為には、さらなる実験、検証、そして――



W

何という事だ!
実験は失敗だ!

私は、何という怪物を
創り上げてしまったのだろう?
肉体のみでは、ダメなのだ。

必要なのは魂。
人が人としてあるためには、
それが必要だったのだ。

私が作り出した生命――否、
すでにこう言った方がいいだろう
『怪物』は次々と殺人を犯し、
この地を去っていった。

私だけが知っている、このおぞましい犯罪。
私は、何ということをしてしまったのだろう?

やはり、神の領域に、
人は手を触れるべきではなかったのだ。
我が師の言った言葉は正しかった。

――今はただ、敗残者としてこの地を去ろう。
故郷では愛しい家族が、
そしてエリザベートが私を待っている。

このような悪夢は忘れ、
私は懐かしい故郷に帰ろう。



X

まさか、
またこのメモに記録を記入する日が来ようとは。

怪物が現れた。
遙々、このスイスまで
私を追ってやってきたのだ。

魂なき怪物は、私の前に姿を現し、
自分と同類を創り出せと――
死体より新たな怪物を創り出せと要求してきた。

おお、神よ。
私はどうすれば良いのでしょう?
怪物とはいえ、
私にはこれを創り出した責任があります。

あれの言うとおり、
さらなる罪を重ねるべきなのでしょうか?

これ以上の罪を犯さないと言った、
あの怪物の言葉を信じるべきなのでしょうか?

私には…わからない…
私は一体、どうすればいいのだろう?



Y

エリザベートが私の身体を気遣ってくれる。
この所、
例の件で確かに気鬱になっていたようだ。

このままではいけない。
何とかしないと。
しかし、このような話、
誰にも相談できるものではない。

苦悩の霧は深くなるばかりだ。
私はどうすればいいのだろう?
もうすぐ結婚するというのに、
このようなおぞましい秘密を抱え込んでいる私を、
どうか許してくれ、エリザベート。

お前の無垢の愛情に応えるには、
私はあまりに罪深い。
しかし、
お前によって私は救われてもいるのだ。

そうだ。
エリザベートの為にも、これ以上の罪を、
神への冒涜を重ねることはできない。
私は怪物の発した要求に――



Z

――エリザベートが死んだ。
怪物に殺されたのだ。

私があれの要求をのまないとわかると、
あの怪物は…

エリザベートを…
なんということだ!

果てしない追跡行の末、
私は怪物を殺すことに成功した。
しかし、愛するもの全てを奪われ、
エリザベートまで…

私は全てを失った。
これもまた禁忌に手を染めた報いだというのだろうか?

しかし、神よ。
私には貴方に抵抗する術がある。

エリザベートの死体は未だ埋葬されておらず、
我が研究室にて冷凍保存されている。

生命の秘密はすでにに解き明かした。
魂。
そう、次は魂の秘密さえ
解き明かすことができれば。



[

一度は迷信と切り捨てたオカルトの知識の中に、
私が求めるものがあった。
東洋の神智学における、
魂のリーンカネーション。

私はそのことを魔術を生業とする
流浪の民より学び出すことに成功した。
やはり、問題は魂にあったのだ。

如何に肉体を復活させようと、
それのみでは魂のない怪物になってしまう。

私が学んだ魂の定義。
すなわち人の魂とは『種』である。

ある人物が生涯を生き、そして死す時、
その魂はいくつもの破片に分裂する。

十分な力をもった魂は、
その肉体の死に際していくつもの破片にわかれ、
次の肉体に受け継がれるのだ。

愛しいエリザベートを復活させるには、
既に転生してしまったエリザベートの魂を
全てあつめなくてはならない。

――これは遠大な事業になりそうだ。
しかし、私はやらなくてはならない。
失われてしまったものを取り返すために。

必要なものは三つ。
1.魂を狩り集める呪物。
2.魂の器たる肉体。
3.私自身の魂を保管する術。

私に知識を与えてくれた魔女は、
この知識は禁断のものだと言っていた。
知識を悪用する者には、制裁が下されると。

しかし――
既に禁忌に手を染めた私だ。
何を恐れることがあろうか?
さっそく作業に入らなくては。



\

星辰の位置によりわかった事実。
エリザベートの魂は既に分化している。

その魂はゆっくりと他の命に宿り、
全てが揃うのは今から約100年後。

魂の欠片を持つ人間には、印がある。
エリザベートと同じく、
星形の痣が身体のどこかにあるだろう。

しかし、より簡単に判別する方法がある。
呪物の作成に入る。

次の課題は100年後という、
気の遠くなるような時の流れに、
私の魂を乗せることだ。

死した後、私の魂が拡散せず、
復活したエリザベートの前に
現れることが出来るよう、
手を打っておかなくてはならない。

幽体離脱。
ヒントはそこにあった。

魂のみを抽出し、他の身体に乗り移る。
これにより、私は私として、
100年の時の流れを超えてゆける。

魔女より手に入れた薬香を用い、
幽体離脱の実験をはじめる。



]

呪物が完成した。
意志を持つ呪物と魂を保管する呪物だ。
意志を持つ呪物を仮に『狩る者』と名付けた。

この短剣はパラケルススの魔術を応用して、
目的を果たすために宿主を捜し、
その肉体を強化し、操る能力を付与した。

最初の転生体を誘拐。
生まれたばかりの赤子だが、
犠牲になってもらおう。

エリザベートの魂の匂いを覚えさせる。
これにより、狩る者は他の転生体を
識別することが出来るようになる。

零体移動の方も解決の糸口が見えてきた。
無垢な魂。

そう、必要なのは触媒だったのだ。
仮に擬似霊魂と名付けよう。

概念的に、これに私の霊魂を包み込み、
奪い取るべき身体の拒絶反応を和らげる。

ホムンクルス体を創り上げる過程で発生する
エーテル体を利用し、ほぼ望み通りのものを
創ることが出来るだろう。

これに、仮の人格を持たせ、元の身体の持ち主
の記憶を操作してその記憶と経験を自分の物とする。

100年という時の流れは、想像もしない文化を
創り上げている可能性がある。

その衝撃を和らげる為の処置だ。
しかる後に、私はその薄皮を破り、
復活すれば良い。

擬似霊魂には、取り憑いた肉体の活性化と
強化を霊的に行う能力を付与した。
これは先に完成した狩る者と同じ能力である。

問題は乗り移るべき身体だが、
星辰の予告によれば、
最後の欠片がそろうのは100年後の英国。
倫敦だ。

その辺りであれば死にかけた子供など
幾らでもいるだろう。



]T

実験は順調。
私と共にある擬似霊魂に
面白い特性があることを発見した。

これは、時間の流れを
ある程度制御することが出来るらしい。

具体的には極僅少ではあるが、過去方向にのみ、
意識を戻すことが可能になる。
主観的には時間が戻ったように感じられるだろう。

この霊魂に付与する人格に名前を付けてやろう。

英国人らしい名前。
そう、ウィリアムというのはどうだろう?